教室を始めたばかりの頃、SNSはまだほとんど普及しておらず、宣伝はHPと紙のフライヤーだけでした。

 

その頃のフライヤーに書いた文章と、デザイナーのKayo Matsunagaさんが作ってくれたイラストを、HPにアーカイブしていくことにしました。

 

教室のロゴを作ってくれたのもKayoさんです。「先生、勝手に教室のロゴをデザインしたんですけど、見てくれますか?」照れくさそうに微笑むその手元には、それ以上はないくらい教室のイメージにぴったりのロゴが描かれていました。

01 パリの蚤の市で
古いトランクを買うと...

教室の暖簾をくぐってすぐの土間に、大きなトランクが置いてある。スペインや、インドや、いろいろな国のホテルのシールが貼ってあるが、それももう古ぼけて読みにくくなっている。ヴァンヴの蚤の市でこれを見つけた時は、胸が高鳴るのがわかった。ずっとトランクを探していた。何に使うわけでもない、 何を入れるわけでもない、ただ古い革のトランクが欲しかった。時代から取り残されて「道具」の意味を失ってしまたモノたち。そんなモノたちの中でも、 ぼくはとびきり大きくてとびきり運びにくいモノを持って帰ることになった。 蚤の市からオデオンのアパルトマンまで、そして飛行機に乗ってパリから京 都まで。すべて革でできているから、何も入ってなくても相当重い。片手で 持ち上げるのに一苦労する。蚤の市からの帰り道、そんなモノをよっさよっさと運んでいたら、パリの人たちは見て見ぬ振りをすることができない。見知らぬ人が「Vous partez où ?」(どこに出発ですか?)と笑顔で話しか けてくる。バスの中でも60過ぎのキレイな白髪のマダムにつかまり、戦前のトランクの話から自分の若かりし日のことまで、オデオンのバス停に着くまでひとくさり昔話を聞かされた。アパルトマンにたどり着くまで何人の人に「Bon voyage!!」(良い旅行を!)と声をかけられただろう。

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02 卓上カレンダーと
失われた九月

卓上カレンダーはフランスの蚤の市でよく目にするアイテムのひとつ。いろいろなバリエーションがあるけど、どれも指でネジを回すと日付が変わる単純な仕組みだ。その日見つけたカレンダーは少しめずらしい形のものだった。31までの数字が書かれた紙がロール状に巻いてあり、右側のネジを回すと紙が送られて日付が変わる。月の名前がうらおもてに書かれたプラスティックのカードが計6枚あって、これも自分でその月に合わせる。すり切れた紙と鉄の雰囲気が気に入って、値段を訊いた。「4 5ユーロね」。マダムは僕の顔を横目で見ながら答えた。高すぎる。立ち去ろうとした瞬間、「35ユーロでいいわ」とマダム。う~ん、でも今日はガラス瓶を探しに来たんだった。手持ちのお金もそれほどないし。迷っていると、マダムはふぅーとタバコの煙を吐いてから「もう最後よ、25ユーロでいいわ」と微笑んだ。少し肩をすくめながら、何も言わずにカレンダーを古新聞に包んで、そのまま僕に渡した。家に帰って月のカードを見てみると、ヨレヨレの紙のカードが1枚混ざっていた。手書きで「septembre」(9月)と書いてある。きっと前の持ち主が9月のカードを失くしてしまい、自分で作ったのだ。マダムは知っていて値段をつけたのか、僕にはわからない。つたない筆跡をみながら、どんな人が書いたのだろうと空想する。ネジを回して日付を合わせようとすると、古い紙がキュッキュッと乾いた音を立てて回転した 。

03 氏名不詳、国籍不明

お気に入りのランプなのでKayoさんに「次回の表紙はこれにして下さい」と言ったものの、それにまつわるエピソードがなくてコラムが書けずに困っています。今夜中の1時25分〆切間近。エピソードがないというのは、このランプに一目惚れして思い切りよく買ってしまい、そのまま家に持って帰ったから。デザイナーも年代も不明だけど、アームの曲線とバランスが美しい。台座には真鍮が埋め込まれてとても重いため、これも日本に持って帰るのに苦労しました。蚤の市で買ったもっとも高価な物だったけど、今も後悔していません。教室にやわらかな橙色の光を灯してくれています。ランプは古道具のなかでもコレクターの多いアイテムのひとつ。有名なGRASのランプになると、同じサイズで十何万という値がつきます。このランプももしかして、と淡い期待を抱きながら、台座の裏を調べたりシェードの内側をルーペで見てみたり… 果たして何の刻印も見つかりませんでした。さりながら古道具とは、氏名不詳、国籍不明、年代も由来も覚束なかろうが、その人の思い入れ次第で有名品よりも妖しい魅力を持つものです。というわけで教室にGRASはありませんが、手拭きガラス、真鍮、ヤギの皮、和紙などヴァリエーションに富んだ照明がお待ちしております。

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04 七つの丘の町の天秤

黄昏れた街の旅情を感じたければ、ポルトガルに行けばいい。ヨーロッパの片隅で経済発展から取り残されながら、昔日の街並の美しさを残した町、リスボン。廃墟となった教会、丘と海辺を行き来するケーブルカー。丘を登って振り返ると、旧市街の向こうに海がみえる。夜になると裏通りにファドが響き、ギターラのリズムに合わせて黒髪の女性が悲恋の物語を歌う。この港町には他のヨーロッパ諸国にはない趣きがある。

 

斜陽の町といえども、蚤の市は太陽の下でひらかれる。それも地中海の鮮やかな日差しの下で。歴史の古い町だから、良い物が見つかる。古い船乗りの望遠鏡や、浮き、水兵が家族に宛てた絵ハガキなんかもある。そしてフランスよりずっと値付けが甘い。

 

この町で美しい形の天秤を見つけた。偶然通りかかった海辺の骨董市だった。「オブリガード(ありがとう)」、品を手渡しながら、深く皺の刻まれたセニョールは眩しそうに呟いた。異国の言葉の響きに、日本でもフランスでもない、遠い場所に来ているのを感じた。しわ枯れた、優しい響きだった。

 

数日後、パリへ向かうリスボン空港のゲートで、嫌な予感は的中した。トランクの中に入れた天秤がX線検査で引っかかったのだ。金属製で先が尖っている、これはなんだ、凶器じゃないのか、係員に鋭く問いつめられる。冷や汗をかきながら、天秤をもう一度組み立てて説明する。「ほら、こんな風にこっちにAを置いてこっちにZを置けば、重さが比べられるでしょう?機内に持ち込んでもいいですか?OK…?OK!オブリガード!」

 

かくして小さな古い天秤は、空へと飛び立った。